「自分の仕事は成長がない」なんて思う必要はない。
こんにちは!ナイーヴです。
僕ら人間から切っても切れないモノの1つに仕事がある。
「自分はこのまま今の仕事をしていてもいいのだろうか?」
「もっとよい人生を送る事ができる仕事があるんじゃないだろうか?」
と日々悩んでいる人も多いはず。
僕も仕事については悩んできた方だ。
ネットの記事やユーチューブなどで、いわゆる成功者といわれる人たちの主張などもいろいろと見聞きしてきた。
ここでいう成功者とは、「好きなことをしてお金を稼いでいる人」や「不労所得を得ることに成功した人」などを指しています。
彼らがよく口を揃えて言っているのは、
「会社員=奴隷」
「会社員の仕事=成長がない」
ということ。
なかには
「会社員としての仕事は価値がないから、すぐに辞めるべき」
という意見もあった。
これらの意見には賛同できる部分もあれば、
「ん???」
という意見もある。
個人の考えは自由なのでどんな考えを持っていてもいい。
なので、今日は僕の思っていることを書いていきたいと思う。
まず、「会社員=奴隷」という意見について。
たしかに1日10時間以上も労働して、クタクタになって帰宅し、また次の日の朝早くに出勤するという生活はまるで奴隷のようだとも言える。
そのように自分の自由な時間も取れないような仕事ならば、なんのために生きているか分からなくなるのも当然だし、抜け出せるなら早く抜け出すべきだと思う。
これに関してはあんまり異論はないんだけど、
次の「会社員の仕事=成長がない」について。
そもそも、
「成長ってそんなに必要ですか?」
って話。
そりゃ成長するのがいいに決まってるけど、最近は「成長、成長」言い過ぎだと思う。
それは
「仕事を通じて成長する=良いこと=成長しなければならない」
「成長しない=ダメ=価値がない」
という思考に陥っているんだろう。
たとえば、「スーパーのレジ打ち」の仕事。
この仕事で成長するというと、レジ打ちが早くなるという事だろう。
そして、お客さんを早くさばく事ができるようになるという事だろう。
で、それ以上の成長はないと思われがちだ。
レジ打ち業務は「AIに取って代わられる」という意見もあるし、すでにセルフレジを導入している店舗も多い。
でもね、
「成長がなくても人の役に立っていればいいじゃないか。」
「成長がなくても人に喜んでもらえればいいじゃないか。」
と思う。
スーパーのレジ打ちの仕事は簡単にできると思われがちだ。
格下の仕事に思われがちだ。
でも、僕はレジ打ちの仕事をテキパキとこなしている人を見ると、カッコイイなと思う。
他のスタッフがレジ打ちの失敗をして、素早く対処している人を見るとスゴイと思う。
「立派に人の役に立っているんだからそれでいいじゃないか。」
清掃の仕事などもそう。
長年清掃の仕事を続けていても、あまり成長という事は感じられないかもしれない。
でも、間違いなく人の役に立っている。
絶対に必要な仕事だ。
「感謝してくれる人は少ないかもしれない。でも、立派に貢献しているじゃないか。」
僕は、「会社に頼らないで稼ぐ」という事は必要だと思う。
会社はいつどうなるか分からないし、いつ僕らを見捨てるか分からないからだ。
でも、それと仕事自体の話は別で、
「会社員の方が、独立・起業した人より劣っている」
みたいな風潮はどうかなと思っている。
「自分の仕事って成長がないな」
「自分の仕事は全然クリエイティブじゃない」
「毎日毎日同じ事の繰り返し」
って悲観的・自虐的になったら、そんな時こそ、
「自分の仕事は世間の役に立っている」
「単純労働だろうとなんだろうと恥じる事はないんだ」
ともっと誇りを持っていいと思う。
僕も最近、自分の仕事に誇りを持てないでいた。
「仕事つまらない」と思っていた。
でも、やっぱりどんな仕事であれ誇りを持っている人が1番強い。
そして何よりも、
「今日1日頑張った自分、エライ!」
と思うようにしよう。
それでは!